十三日の朝義妹は亡くなった。
五年半の闘病だった。
義妹が亡くなった後に開けて、と言われていたバッグには、
自分の家族宛のお別れの手紙が入っていた。
その中の兄である夫への手紙には
病院で書いています,とあった。
甥が一年前から何かあったら渡してね、と言っていたという。
その頃から死を考えて日々暮らしていたことを思うと悲しい。
入退院を繰り返したが、
その間に何度も一緒に食事をし、美味しそうにビールも
飲んでいた日々。
更にお葬式についての強い希望も残されていた。
花で飾り、家から旅立たせて欲しい。
戒名でなく自分の名前で。
戒名なしの問い合わせ時のお寺とのやりとりの電話では、
戒名はあの世?浄土に行くため必要なものだと
説明されていた。
戒名の
本来の意味は戒律を守り、仏弟子となった証に与えられるもの。
それがいつのまにか亡くなると仏になると言われるので、
仏になる体裁を整えるために戒名をつけるようになった
のだろうか。
やがてそこに戒名のランクができ、お金次第で
上位戒名が買える。
あの世の沙汰も戒名次第?
檀家である以上はお寺の方針に従わなければならないということで、
義弟は戒名を受け入れ、
義妹に意に沿えなくてごめんね,と謝っていた。
しかし、義妹の強い思いはお寺に伝わったようだ。
お寺から会議をした結果,個人の強い思いを受け入れましょう,
ということになり、俗名のままの旅立ちになった。
お花いっぱいに囲まれた義妹の柩。
義弟が選んだ笑顔いっぱいの遺影。
俗名の書かれた仮位牌。
参列者も親しく行き来している家族のみ。
友人知人へのお知らせは四十九日を済ませてからとあった。
義妹の生前描いていた通りの葬儀ができたと思う。
心に深く残る旅立ちだった。